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佐藤 達彦; 浜田 信行*
no journal, ,
原子力機構では、粒子・重イオン輸送計算コードPHITSを用いて、放射線照射による物理的な吸収線量のみならず、その生物学的な効果を反映した生物学的線量評価モデルの開発を行っている。本研究では、様々な線種の電離放射線に照射された細胞生存率を、細胞核が直接照射されることにより致死に至る標的効果と、別の照射細胞から発信されたアポトーシスシグナルを受信することにより致死に至る非標的効果を同時に考慮して計算可能な新たなモデルを開発した。そのモデルでは、放射線場を特徴づけるための指標として、従来のモデルでよく使われてきたマクロ吸収線量やLETではなく、PHITSで計算した各細胞核及びそのクロマチンドメインにおけるミクロ吸収線量の確率密度分布を用いる。開発したモデルによる計算結果と、過去において測定された様々な生物実験結果を比較したところ、モデル計算は照射条件(線量やLETなど)や照射方法(マイクロビームやブロードビーム)に関わらず生物実験データを再現可能であることが分かった。本発表では、PHITSによるミクロ吸収線量の計算方法とモデルの概要について紹介する。
大内 則幸
no journal, ,
細胞の放射線応答は、照射された細胞周期のステージに依存して大きく異なる。中でも細胞生存率は、細胞周期に依存した二峰性の周期的な変動を伴う。そのような細胞周期ステージ依存性は、放射線損傷修復率の細胞周期依存の変動や、チェックポイント機構の存在などからの現象論的に説明されるが、理論的な説明はまだない。細胞生存率を計算する標的理論において放射線の最終的なターゲットは染色体であるが、その形態やサイズは時間と共に変化している。ターゲットとしての染色体動態と、細胞生存率の関係はどのようなものだろうか?今回、ヒト17番染色体を対象に放射線損傷部位の動態を調べるため、染色体の弾性力の実験データからKelvin-Voigt modelに熱ゆらぎの項を加えた方程式でクロマチン繊維をモデル化した。間期においてクロマチン繊維は200倍ほど凝縮して直径およそ3mの核内に収まっている。細胞周期ステージごとの染色体の立体構造を求めるため、間期細胞核内の非常に長いクロマチン繊維から、弾性的性質を利用することで、アニーリング法を用いて凝縮した間期染色体の空間構造の構築に成功した結果を発表する。
坂本 文徳; 香西 直文; 椎名 和弘; 田中 健之
no journal, ,
福島第一原子力発電所から放出された放射性セシウムは福島県を中心として東北・関東の広い地域を汚染した。現在も、一部の農林水産物で摂取及び出荷制限が続いている。野生のきのこや山菜は、多くの地域で摂取制限が続いている。我々は、現状把握と今後の対策に資することを目的として福島県内の野生きのこの汚染状況を多角的に調べるため約40サンプルのきのこを採集した。予想されるとおり、ほとんどのきのこでCs-137とCs-134の移行係数は同程度だった。そのうち、Cs-137を一番濃集したきのこはワカクサタケの1.210Bq/kgであった。逆に、一番濃集しないきのこはアオロウジの1.310Bq/kgであった。移行係数(きのこ放射能/土壌放射能)が一番大きいきのこはワカクサタケの37であった。逆に、移行係数が一番小さいのはアオロウジの4.810であった。同じ種類のきのこでも、生える場所により移行係数に差が現れた。別の実験で培養期間により放射性セシウムの濃集量が異なる結果を得ており、放射性セシウムの濃集量はきのこの成長速度等に影響を受けるのではないかと推測した。発表では、一つ一つのきのこへの放射性セシウム濃集量と移行係数を報告するとともに、寒天培地で培養したきのこ菌糸との比較結果についても報告する予定である。
服部 佑哉; 横谷 明徳; 渡辺 立子
no journal, ,
低線量放射線が全体に照射された細胞集団では、放射線が当たっていない細胞(非照射細胞)が存在し、細胞間シグナル伝達により、照射細胞から非照射細胞へと放射線の影響は伝達する。低線量の放射線による生物影響の評価やリスクを考える上で、個々の細胞間の照射影響伝達が組織や細胞集団に与える影響を調べることは重要である。本研究では、個々の細胞応答と細胞間シグナル伝達を考慮した細胞集団の放射線応答モデルを用いて、細胞集団内の生存細胞に対する細胞間シグナル伝達の作用を調べる。本研究で用いる放射線応答モデルは、細胞集団を2次元平面の格子の集団で表現し、1格子を1細胞とする。放射線のヒット数は、線量と線量率を基にで与える。細胞間シグナルの格子内濃度は、培養液経由シグナルの濃度、ギャップ結合経由シグナルの濃度とし、格子間の伝達を拡散方程式に基づいて計算する。, , が個々の細胞に与えるダメージは、修復能力を持った細胞ダメージ量として定義する。個々の細胞の細胞周期は、周期的な進行(G1, S, G2, M期)が細胞ダメージ量の大きさに応じて一時停止する仮想時計として表現する。細胞周期が1周すると、周辺の格子に細胞を生成し、格子内のが修復可能な量である閾値を超えた時、その格子の細胞の状態を細胞死とする。発表では、細胞間シグナル伝達がある条件とない条件の計算結果を基に、細胞間シグナル伝達による生存率への影響の推定結果を報告する。
服部 佑哉; 横谷 明徳; 渡辺 立子
no journal, ,
放射線によって生成されたDNAの二本鎖切断(Double Strand Break: DSB)は、細胞周期の停止や細胞死、突然変異等を引き起こす。一方、細胞にはDSBを修復する機能が備わっており、そのメカニズムは、DSBの生成数が多い高線量域で調べられている。本研究では、これまでに明らかとなっているDSB修復の分子応答を基に、生成されるDSB数が少ない低線量放射線の条件におけるDSB修復と細胞周期変化を予測する。そのために、DSBの検知・修復に関わる分子応答と細胞周期制御に関わる分子応答を結びつけ、分子間の作用をネットワークで表現した数理モデルを構築する。モデルでは、分子が活性化した状態を"1"、活性化していない状態を"0"として表現する。また、他の分子への作用を、ネットワークで伝達され、状態を切り替えるスイッチとする。DSBの検知と修復の分子応答は、細胞周期のフェーズ(G1, S, G2, M期)によって異なるため、フェーズの遷移と共にネットワークの構造を時間変化させる。細胞周期の分子応答では、各フェーズで固有に活性化されるサイクリン等の分子が、フェーズごとに自動的に切り替わる仮想時計として表現する。仮想時計上のチェックポイントでは、DSBの検知・修復のネットワークの末端と連結し、ネットワークの出力によって仮想時計を一時停止することで、細胞周期の停止を表現する。発表では、構築したモデルのプロトタイプを紹介する。
渡辺 立子; 甲斐 健師; 横谷 明徳
no journal, ,
Cs-137から放出される線と線等の電子線とでは、線源とエネルギー付与の位置関係が大きく異なり、人体への被曝を想定すると、線は外部被ばく、線等は内部被ばくの主たる担い手となる。線と線等のそれぞれによるエネルギー付与量が同じ場合には、細胞レベル以上のマクロな標的のレベルでは、線量分布には大きな差はないと考えられる。しかし、線照射による生じる2次電子のスペクトルと比べ、線や内部転換電子、オージェ電子のスペクトルは低エネルギー側の分布を持つ。本研究では、このような電子のエネルギースペクトルや電子の放出位置の違いが、DNAレベルの微小な標的における線量分布とDNA損傷に与える影響を明らかにするために、電子線のトラックの微視的なシミュレーションに基づいた、線量分布とDNA損傷スペクトル(量や質)の推定を行った。方法としては、細胞集団モデルを標的系として、標的系が線照射により生じる2次電子による作用を受ける場合と、標的となる系内にCs-137が存在して、DNAが線等の電子の作用を受ける場合とについて、微視的なトラックシミュレーションを行い、次に、細胞核内を模擬した条件下での直接作用と間接作用によるDNA損傷生成モデルに基づいた損傷スペクトルの計算を行った。発表では、以上のような計算に基づく解析結果を、Cs-137から放出される線, 線等の場合について、K-40や活性酸素による影響との比較についての検討結果を加えて報告する。
大島 康宏; 月本 光俊*; 対馬 義人*; 石岡 典子
no journal, ,
本研究では、RI内用療法における細胞外ATP放出および放出されたATPを介した癌の放射線抵抗性誘導について検討し、さらにP2受容体を標的とした新規放射線増感剤の可能性を検討した。RI内用療法薬としてI標識トラスツズマブをクロラミンT法により調製し、ヒト上皮成長因子受容体2型高発現細胞であるSKOV3を用いて細胞増殖抑制効果を検討したところ、コロニー形成能は放射能濃度依存的に抑制された。次にSKOV3に対しI標識トラスツズマブ(4MBq/ml)を添加したところ、添加後30分をピークとして細胞外へのATP放出が認められた。さらに、I標識トラスツズマブによる細胞増殖抑制はATP分解酵素であるApyraseの添加によって促進された。SKOV3におけるP2受容体発現をRT-PCR法により検討すると、P2X, P2Y, P2Y受容体の高発現が認められ、I標識トラスツズマブによる細胞増殖抑制は、P2Y受容体選択的作動薬であるUDPの添加によって有意に抑制された。一方、P2Y受容体選択的阻害薬であるMRS2578を添加すると、I標識トラスツズマブによる細胞増殖抑制は有意に促進された。以上より、RI内用療法において細胞外ATP放出が誘導され、P2Y受容体活性化を介して放射線抵抗性が誘導されている可能性が示唆された。さらに新規放射線増感剤としてP2Y受容体阻害薬が有用である可能性が示された。
鈴木 芳代; 坂下 哲哉; 服部 佑哉; 小林 泰彦
no journal, ,
動物に対する放射線の影響を理解するには、分子・細胞レベルでの影響解析に加えて、運動機能や学習・記憶といった生命維持に重要な生体機能に着目した個体レベルの影響解析が重要である。我々は、線虫に放射線を全身照射すると、一時的に運動が抑制されることを見出した。しかし、このメカニズムは不明のままである。一般に、放射線照射によってOHやHといったフリーラジカルが産生されることが知られている。これらのフリーラジカル同士が反応することで、過酸化水素のような活性酸素種(ROS)が生成する。そこで、本研究では、放射線による線虫の運動の一時的な抑制における放射線産生ROSの関与を探った。放射線照射によって産生されるROSの一種である過酸化水素を線虫に曝露したところ、放射線照射直後と類似した応答が観られた。本実験の結果は、放射線照射直後の線虫の運動抑制が、過酸化水素をはじめとする放射線産生ROSによって誘因されている可能性を支持する。
坂下 哲哉
no journal, ,
モデル生物として知られる線虫の一種である(以下線虫)は、約1000個の細胞からなる体長が約1mmの微小生物である。この線虫には、機械刺激, 光, イオン, 温度, 酸素, 餌などの多彩な外的刺激に対して興味深い応答(行動)を示すことが知られている。また、遺伝情報の解析により、これらの応答には、インシュリン様物質の情報伝達系や特定の神経細胞が大きく関与していることが示唆されている。本発表では、これらの応答の中の、いくつかの代表的な例を紹介するとともに、われわれが調べてきた化学走性学習と放射線との関係について説明する。線虫は、生来NaClに対して誘因される性質を示すが、飢餓と同時にNaClに暴露されると、このNaClに対する走化性が抑制される。この走化性の変化が、化学走性学習と呼ばれている。最近の研究成果から、放射線は、この化学走性学習を、ある特定の条件下においてのみ変化させることが分かってきた。また、一部ではあるが、この放射線応答に関連する遺伝情報も明らかになっている。本発表では、線虫という小さな生き物を通して、行動と放射線との関連について議論する。
赤松 憲; 鹿園 直哉
no journal, ,
高LET放射線の飛跡周辺や二次電子の飛跡末端で生じやすいとされているクラスター損傷は修復が困難とされているが、その化学構造、線質・エネルギーの違いとの関係についてはほとんど明らかになっていない。そこで、脱塩基部位(AP)を研究対象とし、コバルト60線やヘリウム線、炭素線を照射した乾燥DNAフィルムに対して蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を利用したDNA損傷局在性評価法による分析を行った。その結果、線とヘリウム線のFRET効率Eは、両者の有意差はなかったもののAP密度の増加に伴って大きくなる傾向が認められた。これは、線量が上がるにつれて近接したAPが増加していくことを示している。一方、炭素線のEは線、ヘリウム線より有意に大きく、また、AP密度がゼロに向かう(すなわち極低線量になる)につれE=0.10付近に近づくことが明らかとなった。これは、炭素線のトラック1本でAPクラスターが「一気に」生じることを意味している。
鹿園 直哉; 赤松 憲
no journal, ,
本研究では、DNAポリメラーゼのクラスターDNA損傷による変異誘発への関与を調べるため、鎖切断と8-oxo-7,8-dihydroguanine (8-oxoG)を含むクラスターDNA損傷を大腸菌(DNAポリメラーゼ野生株及び欠損株)に導入し、誘発される突然変異頻度を測定した。修復合成に関わるDNAポリメラーゼIを欠損する株では、単独の鎖切断及び単独の8-oxoGの変異頻度は野生株における値と同程度で低かったが、クラスターDNA損傷の変異頻度は野生株における値に比べさらに増大することが明らかになった。DNAポリメラーゼI欠損株でのクラスターDNA損傷誘発変異頻度は、損傷間の距離を離してもあまり変化しなかった。さらに、他のDNAポリメラーゼの変異誘発過程への関与を調べるため、損傷乗り越えに関与するDNAポリメラーゼII、DNAポリメラーゼIV、DNAポリメラーゼVの欠損株で変異頻度を調べた。これらのDNAポリメラーゼ欠損株においては、単独損傷及びクラスターDNA損傷の誘発変異頻度は野生株と同程度であった。これらの結果は、クラスターDNA損傷内の鎖切断の修復及びクラスターDNA損傷の変異抑制にはDNAポリメラーゼIが深く関与することを示唆している。
山本 悟史; 泉 雄大; 藤井 健太郎; 横谷 明徳
no journal, ,
DNA鎖が放射線により切断されると、その切断箇所にDNA修復酵素が素早く誘導されるがその誘導メカニズムの詳細はまだ明らかにされていない部分が多い。過去の研究により、染色体中ではDNA分子に生じた2本鎖切断部位近傍のヒストンタンパク質が特異的にリン酸化を受けることが知られている。我々は、このような化学修飾によりヒストン中のへリックスやシートなどの2次構造が変化することで、これをターゲットにDNA修復酵素が損傷部位に誘導されるという作業仮説を立てた。これを証明するため、ヒトがん細胞(HeLa細胞)に大線量(40Gy)のX線を照射し、DNAに大量の2本鎖切断を誘発させた後の照射細胞及び未照射の細胞からヒストンを抽出し、円偏光二色性(CD)スペクトル分析を行った。CD測定は、タンパク質の様々な2次構造に特異的なスペクトルを与えることが知られている。今回得られた照射細胞由来のヒストンに対するCDスペクトルの解析から、2次構造としてアルファへリックスの場所あるいはその量に変化が現れることが明らかになった。この変化に応じてDNA修復が進行することが推測される。
横谷 明徳; 鈴木 啓司*
no journal, ,
細胞のガン化に深く関係するとされるゲノム不安定性は、放射線照射後にこれらのDSBが修復されたにも関わらず、細胞分裂が繰り返された後の子孫細胞にも表れる現象である。DNA損傷が修復され細胞分裂が繰り返された後に、どのようなメカニズムで細胞は放射線が照射された記憶を保持できるのか、その詳細はほとんど明らかになっていない。本研究では、ゲノム中に生じたDSBが、その修復過程で、大規模なゲノム再構成を引き起こした場合、その近傍には、ヒストンのリン酸化などの化学修飾が何らかのエピジェネティックなメモリーとして細胞分裂後にも依然として残っているのではないか?ということを作業仮説とした。この仮説を検証するため、放射線照射によりHPRT遺伝子座を含む大規模な欠失が生じたヒトの突然変異細胞を試料として用い、最初の作業として欠失部位をRT-PCR法により精密に特定することを試みた。16種類のPCRプローブを用いて欠失部位の特定を試みた結果、特定の、ゲノム欠失部位については250kbpまで絞り込むことに成功した。さらに、これらの欠失部位の精密な位置情報に基づき、今後展開するChip Assay法によるヒストンの化学修飾状態の空間的な広がりの探索法を紹介する。
横谷 明徳; 成田 あゆみ; 神長 輝一; 嘉成 由紀子; 坂本 由佳; 野口 実穂; 宇佐美 徳子*; 小林 克己*; 藤井 健太郎; 鈴木 啓司*
no journal, ,
放射線照射後の細胞をライブイメージング法により追跡して調べることで、これまで細胞集団の平均値としてしか得られなかった放射線影響を個々の細胞の運命として解析するこが可能になった。このような時間軸に対する一連の細胞のダイナミクス(動的)データは、将来のシステムズバイオロジーへの展開・拡張に必須である。本講演では照射による細胞周期の遅延やミトコンドリアの動態を指標として、KEK-PFにおける軟X線マイクロビーム照射した幾つかのFucci細胞に対するライブイメージングにより得た結果を紹介する。さらに、通常の培養ディッシュの単層培養細胞に比べより生体に近い細胞間相互作用を維持していると期待される3次元培養したHeLa-Fucci細胞のスフェロイドを作製し、これに対してマイクロビームを部分照射することでより生体組織に近い環境におけるバイスタンダー効果の観察も試みている。熱力学的には"非平衡状態"にある相互にフィードバックをかけ合う多数のストレス応答の集合として細胞集団システムを捉え、放射線に対する頑強性(ロバストネス)の予測やこれを支える遺伝子スイッチングのメカニズムについての知見が得られると期待される。
藤井 健太郎; 泉 雄大; 成田 あゆみ; 横谷 明徳; Herv du Penhoat, M.-A.*; Ghose, K.*; Vuilleumier, R.*; Gaigeot, M.-P.*; Politis, M.-F.*
no journal, ,
これまでに、直接効果によって生じるDNA鎖切断が、糖ラジカルを中間体として生成する過程の他に、内殻イオン化後に糖分子のフラノース環が激しく分解して生じる過程があることを、放射光軟X線分光実験により明らかにした。最近、第一原理計算を用いた研究によって、水和塩基分子の内殻イオン化後の反応では、塩基と水の水素結合により、孤立塩基分子で見られたフラグメンテーションが抑えられることが予測されている。水和塩基分子で理論的に予測された物理過程が、水和DR分子においても起こるかどうかを実験的に検証するため、我々は、水和DR分子の薄膜試料を作成し、内殻イオン化後の分子変化を観測することを試みた。水和DR薄膜への照射では、乾燥DR薄膜への照射で観測された、フラノース環の分解により生じたと推測されるフラグメントイオンの収量が著しく減少した。この実験結果から、塩基分子で理論的に予測されたフラグメンテーションの抑制が、DR分子においても起こると考えられる。現在、水和DR分子のフラグメンテーションに関する理論計算を進めている。
泉 雄大; 山本 悟史*; 藤井 健太郎; 横谷 明徳
no journal, ,
真核生物のDNAは、H2A, H2B, H3, H4と呼ばれるサブユニットから構成されるヒストンタンパク質に巻き付いて存在している。本研究では、損傷したDNAの修復過程におけるヒストンタンパク質の構造変化を調査するために、X線を照射した細胞からH2AとH2Bを抽出し、タンパク質の二次構造変化に敏感な円二色性(CD)スペクトルの測定を行った。CDスペクトルの解析により、X線を照射した細胞から抽出したヒストンH2A/H2Bは、未照射の場合に比べ、-ヘリックス構造が相対的に増加していることが確認された。このような構造変化が損傷修復過程にどのように寄与しているのかは今のところ不明であるが、修復タンパク質を損傷個所に誘導する目印として機能している可能性が考えられる。
舟山 知夫; 横田 裕一郎; 坂下 哲哉; 鈴木 芳代; 小林 泰彦
no journal, ,
マイクロビーム細胞照射研究グループは、重イオンマイクロビーム生物照射システムの開発と、それを用いた細胞一つ一つに正確に制御したイオンを照射する技術の確立を進めてきた。これまで、サイクロトロンの重イオンビームを四連四重極磁気レンズで集束したビームスポットを顕微鏡下で正確に検出し、スポット位置に細胞を電動ステージで移動することで細胞照準を行ってきたが、この手法を用いる限り、細胞照射のスループットの向上には機械的な限界が伴う。そこで、集束ビームをビームスキャナで高速走査することで、細胞一つ一つに正確かつ高速に重イオンを照射する技術の確立を試みた。CR-39フィルム上に播種したHeLa細胞を生体蛍光染色し、その蛍光画像における位置情報を画像解析で抽出、得られた座標値を元にビームスキャナへの印加電圧を算出し、これを用いて試料への高速走査照射を行った。高速走査照射を行った細胞位置と、CR-39上に可視化したエッチピット位置が合致したこと、および当該細胞へのH2AXのフォーカス生成が確認できたことから、照準した細胞への正確な照射を集束ビームの高速走査技術を用いて行うことが可能となったことが確認できた。
池田 裕子; 横田 裕一郎; 舟山 知夫; 金井 達明*; 中野 隆史*; 小林 泰彦
no journal, ,
本研究では、ヒト胎児肺由来の正常線維芽細胞株WI-38と、ヒト肺がん細胞H1299/wtを用いた。炭素線ブロードビーム照射(LET=108keV/m)した細胞と非照射細胞を非接触で共培養した後、コロニー形成実験を行い、非照射細胞の生存率を測定した。炭素線0.13Gy照射したWI-38と非照射H1299/wtを共培養すると、非照射がん細胞の相対的な生存率が、共培養開始から6時間および24時間後に約15%20%増加した。0.5Gy照射したWI-38を用いた場合では、非照射がん細胞の相対的な生存率が約10%15%低下することが分かった。また、Carboxy-PTIOを添加した培養液を用いた場合には、共培養開始から6時間および24時間後に、0.5Gy照射群において、非照射がん細胞の相対的な生存率が増加傾向を示した。この結果から、異細胞種間バイスタンダー効果では非照射細胞の生存率低下に、一酸化窒素ラジカルの媒介が関与する可能性が高いが、その一方で相対的な生存率を増加させるシグナルの関与も示唆された。
神長 輝一; 嘉成 由紀子; 坂本 由佳; 成田 あゆみ; 宇佐美 徳子*; 小林 克己*; 野口 実穂; 横谷 明徳
no journal, ,
放射線の曝露を受けていない細胞(バイスタンダー細胞)が放射線の曝露を受けた細胞からのシグナルを受けることで何らかの影響が発現する現象はバイスタンダー効果と呼ばれ、特に非照射細胞が細胞集団中で多数を占める低線量放射線照射下における影響を考える上で重要なカギとなる。これまでにバイスタンダー細胞に、微小核形成やアポトーシスなどが現れることが知られている。本研究では、バイスタンダー効果が細胞周期に与える影響を明らかにすることを目的とした。コロニー内の任意の細胞に放射光X線マイクロビームを照射した後、全自動タイムラプスイメージングを行える実験系を確立し、細胞分裂を経た細胞にも細胞周期に変異があるかどうかを調べた。その結果、バイスタンダー細胞にも明らかに細胞分裂周期の変異が観測された。非照射細胞が照射細胞からの何らかのシグナルを受け取ることで、自らの細胞周期を制御するための反応経路があることが推定される。
嘉成 由紀子; 神長 輝一; 成田 あゆみ; 宇佐美 徳子*; 鈴木 啓司*; 横谷 明徳
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本研究では、細胞内のエネルギー分子(ATP)生産を担うミトコンドリアの活性が、放射線照射によりどのように影響を受けるかを明らかにすることを目的とした。ヒト正常細胞(BJ1-hTERT)に対して、高エネルギー加速器研究機構フォトンファトリーから得られるX線マイクロビームを照射した後に継時観察し、細胞核のみ・細胞質のみに照射した場合を比較した。細胞は、観察の直前にミトコンドリアを特異的に標識するJC-1試薬で染色した。この試薬はミトコンドリアの膜電位が高いと赤色蛍光のドットとして観測され、また低いと緑色蛍光が観測される特徴がある。その結果、細胞核照射群は細胞質照射群よりも細胞あたりのJC-1赤色発光のドット数が、照射後12時間程度まで優位に増加することが明らかになった。核内で損傷したDNAの修復にATPが用いられるために、活性が亢進したと推測される。